2014年1月11日土曜日

祖母の着物と羽織

なつかしい人の着物を身にまとうことで、その人の面影や思い出を偲ぶことができるのも、
着物の良さのひとつ。

去年他界した祖母の着物に初めて袖を通してみました。
(写真で改めて自分の後ろ姿を見てみると、母そっくりです。骨格が似ているからかなー。)




祖母は祖母の年代ではおそらく平均身長くらいだったと思うけれど、背丈が170cmの私とはかなりの身長差があります。

だから、まさか祖母の着物が着れるとは思ってもみなかったけれど、工夫をすれば
おはしょりがとれるくらいの着物が奇跡的に数枚ほど見つかったのです。





この黒羽織の後ろ身頃と袖にあしらわれた薔薇の刺繍が可愛くてとても綺麗……。

祖母も着物が好きで、生前は私の着物姿を見て喜んでくれたものでした。


今では親戚の中で着物を楽しむ人は私以外にはいないから、私が譲り受けなければ、捨てられる運命にあった着物です。

だから大切に着ていかなくては。




前から見るとこんな感じ。↑

着物はお召なのだろうか。

黒の刺繍半襟をつけてしまったけれど、白半襟のほうがスッキリしたかも。

掛け襟は汚れていたので、取ってしまいました。


派手な着物だから、シックな羽織や小物で調整しないと難しいですね。

2014年1月4日土曜日

IKESHOKU展&純国産宝絹展

正月4日は伊勢丹新宿店で開催されているIKESHOKU展&純国産宝絹展へ。

他にも歌舞伎ファッションミュージアムや着物トークショーなどもあって、着物好きにはパラダイスのような店内でした。

イケてる職人たちによる「IKESHOKU展」
今日のお目当ては、箏奏者の中しまりんさんと、篠笛の佐藤和哉さん、アコースティックギターのギター奏者大里健伍さん、トランペットの秋山璃帆さんによる異色のコラボライブ。

中しまりんさんは、ラメがたくさん入った黒地の付け下げに、ビーズ刺しゅうの半襟、帯締めを水引風に締めていて、とってもお洒落でセンスがいい。
もともとお綺麗な方なので何を着ても似合うのだろうけれど、さらにご自分を演出する着物スタイルをしっかりと持っていらっしゃるように思いました。

篠笛の佐藤和哉さんは立ち居振る舞いや所作が優雅で美しい人でした。
篠笛の演奏というのはあまり馴染みがなかったのですが、能管よりも低音でどっしりとした感じ。
正直言うと、トランペットや箏の音にかき消されて、篠笛の音色を味わうところまではいかなかったので、今度じっくり篠笛だけの演奏を堪能したいものです。

トランペットの秋山璃帆さんはアンティークの鮮やかな着物に袴姿でかなり個性的な出で立ちでした。大里さんのアコースティックギターは残念なことにほとんど聞こえなかった……。

PAがないので、こういうライブではヴォリュームのバランスが難しいですね。
特に、楽器が和洋折衷だから。


肝心のIKESHOKU展は、
私のような小心者には敷居が高く、入りにくい照明&ディスプレイだったので、怖気づいてしまって、とうとう足を踏み入れることができませんでした。


その代わり、7階の呉服売り場で開催されていた「純国産宝絹展」へ。
こちらの方が、私には数倍入りやすかったです。


見学していると、担当の方が丁寧に説明してくださったうえに、写真のような純国産の繭玉と繭玉と撚った糸束をいただきました。

繭玉を振るとカタカタ鳴って、なかにお蚕さまが入っているのが分かります。
こうしてお蚕さまが命がけで紡いだ絹をまとっているのですね。

繭玉って、見ているだけで、心が和んであたたかくなります。


結城紬地機実演
 
焦げ茶地に赤や黄色に染めた糸をところどころに織り込んでいきます。

1枚の反物が仕上がるのに7カ月はかかるとか。

絹糸に負担がかからないよう化学染料で染めているそうです。
(化学染料のほうが染色に負担がかからないのですね。初めて知りました。)



座操り実演
繭から糸を紡いでいくところです。

細い細い糸が切れないように、撚り合わせた糸がしっかり接合するように、絶妙な引っ張り加減、距離感、タイミングで機械が動いていきます。


紡がれた絹糸

蚕1匹が吐く糸の長さは1.5kmもあるとか。

蚕の生命力って本当にすごい!

ますます絹の着物が愛おしくなりました。 大切に着なければ。



江戸組紐制作実演
今では「組紐=帯締め」というイメージですが、明治(あるいは戦前)は帯締めといえば、丸ぐけが一般的だったので、組紐はもっぱら刀の下げ緒や巻き物の飾り紐などに使われていた、と職人さんがおっしゃっていました。

写真で制作している帯締めを仕上げるのに丸一日かかるそうです。
写真は16玉ですが、多いものでは32玉、48玉とか組目が密で細かいものもあるそう。
でも、8玉などの組目が大きい方が、技術の差が出やすいとのこと。
なるほどー。

やはり機械織りよりも、手組のもののほうが断然美しい。

私はこの日は機械織りの高麗組の帯締めを締めていたので、コートを着ていてよかった!
機械織りの帯締めでは、組紐職人さんの前にとてもじゃないけど立てません……。



6階の歌舞伎ファッションミュージアムでは歌舞伎の衣装が13点展示されていて、これもかなり見ごたえがありました。

特に目を奪われたのが、先代萩の政岡の衣裳だった黒繻子地雪持竹南天雀文様裲襠。

竹に雀で伊達家を象徴しているそうです。雀がなんとも愛らしい。

黒繻子地に、雪の白と南天の赤、竹の黄色の刺繍が美しく映えていて、いつまで見ていても見飽きない。


というわけで、着物の美しさに浸りきった一日でした。



運気アップ(?)コーディネート

新宿伊勢丹のIKESHOKU展へ行った時のコーディネート。


叔母から譲り受けた綸子の色無地。

かなりピカピカで派手な色合いの着物なので敬遠していたけれど、青海波の地紋はおめでたい柄だし(大海原の穏やかな波のような天下泰平を願う吉祥文)、金色なのでさらなる運気アップを狙って、お正月だから袖を通してみました。

帯は、今月は袋帯(二重太鼓)強化月間にしているので、名物裂の袋帯。

大海原のブルーを意識した水色の帯揚げと帯締め。



とはいえ、出先では一度もコートを脱がなかったので、外見はこんな ↑ 感じでした。

お能などの観劇やお食事の時はコートを脱ぐので帯周りを見せられるけれど、冬場のお出かけはコートを着たままのことが多いので、帯や小物のコーディネートを考えても、完全に自己満足でつまらなかったりします。

2014年1月2日木曜日

正月2日は初詣

2日は家族で初詣へ。

初めて訪れる阿佐谷神明宮。境内には立派な能舞台がありました。


2日の午前中は狂言と能が奉納されます。

今日も東京は雲ひとつない快晴で、絶好の観能日和。

写真撮影OKだったようなので、演者の顔があまり出ない程度にアップしますね。

舞台清祓いの儀

演能の前に、神職の方々によって舞台の清祓いがなされます。

まず、右側の神主さんが榊で舞台の四方を清め、それから見所に向かって榊を振り、観客たち(私たち)も清めてくださいました(少しはケガレが落ちたでしょうか)。

次に、鉾を持った禰宜の方が同様に舞台を清め、

最後に右側の神主さんが弓を引いて、矢を射る真似をしながら、魔を破り、厄落しをします。

このように清められた神聖な舞台の上で演能が始まります。



狂言《酢薑》
《高砂》の独調(謡・廣田幸稔、太鼓・徳田宗久)の後、大蔵流狂言《酢薑(すはじかみ)》。

面白かったけれど、この辺りから寒さが身に沁みてきて、集中力が……。

昼間の晴天で、防寒対策も万全で(ヒートテック3枚重ねに、カイロ2枚張り、真綿紬の着物に長羽織、首回りにはショールをぐるぐる巻き、手にはロンググローブをはめて)臨んだけれど、冬場の野外能はやっぱり寒い。


能《田村》

お目当ての半能《田村》。シテは工藤寛師で、ワキは安田登師。

金剛流のお能をライブで見るのは初めて。

野外能なので他流と比べようもないけれど、足の運びが速めなのが印象的でした。
(「舞金剛」の特徴なのかな。)

軽快で勇壮な舞が新春にふさわしい感じで良かったし、なによりも神社に奉納されるお能は、いつにも増しておごそかな感じがするので、味わい深さもひとしおです。


この後、参拝して、甘酒をいただいて、食事をして、家の近くの伊勢丹で夫に福袋を買ってもらって……というスタンダードなお正月らしいコースをたどって帰宅。



デパートの前で偶然遭遇した獅子舞のパフォーマンス。

昨日に引き続き、私が求めていた日本らしいお正月を堪能できた気がします。

2014年1月1日水曜日

元旦は着物で能楽堂へ

あけましておめでとうございます!

東京は快晴で風もなく、穏やかな元旦でした。この一年も平穏な年でありますように。

ここ何年か正月休みもなく仕事三昧だったので、久々にお正月らしい正月を満喫している夢ねこです。




元旦は午後から梅若謡初式に行くために、ちょっぴり改まったコーディネート。

着物はお正月らしく、百花の王・牡丹柄の付け下げ。

帯は、格式の高い演目が続くので、亀甲の地紋に向鶴と金の立涌が織り込まれた佐賀錦の袋帯(能の《鶴亀》を意識して)。

帯揚げは白にしようかなと思ったけれど、フォーマルになりすぎるのもつまらないので、ピンクで遊んでみました。



画像だと派手な色ですが、実際はもう少し落ち着いた色です(;^_^A




お正月だから着物姿の人もさぞかし多いはず、と期待して出かけたのだけれど、電車の中でも誰一人見かけず……そんなものなのかな。

華やかな和服姿にようやく出会えたのは、能楽堂に入ってからでした。

能楽堂の中にはお正月らしい飾りもあって、ここだけは古き良き日本の正月が堪能できる空間です。 なんだかほっとしますね。



梅若家らしく、紅梅が見事でした。
(今日の演目の1つ《東北》の和泉式部の「軒端の梅」を思わせます。)

注連縄を張り巡らせた神聖で清らかな能舞台上で、舞囃子や連吟、仕舞が続きます。


特に、梅若紀彰さまの《高砂》は、もう感動ものでした。

端正で切れのいい紀彰さまの舞いに、ノリノリのお囃子。

「時間よ、止まれ!」とお祈りしたくなるくらい。

いつまでも、永遠に見ていたい素敵な舞囃子でした。

林雄一郎さんの洗練された撥さばきと透明感のある掛け声もカッコイイ!


元旦早々、素晴らしい舞とお囃子で心身ともに浄化された感じです。

夢ねこにとっては、お能が究極のエステ&ヒーリングなのです。

2013年12月29日日曜日

茶道具取り合わせ展・「破袋がすごい!」

年末でバタバタしているので、メモ書き程度の記録になってしまいますが、

一週間ほど前に、五島美術館で開催されている「茶道具取り合わせ」展に行ってきました。


信長が本能寺に寄進したという唐物文琳茶入(銘・本能寺)や、鼠志野茶碗(銘・峰紅葉)(重文)、小倉色紙(藤原定家筆)、芦屋真形霰地紋釜(利休所持)など、いずれも超名品ぞろいでしたが、なんといっても白眉は古伊賀水差(銘・破袋)でしょう。

これはもう、ひびが入っているというレベルではなく、相当割れています。壊れています。破壊の極致です。
「水差」というけれど、はたして水を溜めることができるのでしょうか。
ぜったい漏れてくるように思えます。

そんな水差しとしての機能も果たさないような用の美でもない、どう見ても失敗作、処分すべき作品ともいえる器を、桃山の茶人は「美しい」と絶賛し、現代の日本人も「これこそ日本の美」と称賛して、重要文化財に指定したのです。

すごいではないですか、日本人の美意識って。
前衛的すぎます。 摩訶不思議すぎます。 
面白すぎるのです、日本人の美意識のユニークさが。


また、龍村平蔵製の名物裂手鏡なども展示されていて、着物好きには参考になりました。

展覧会場の入り口に陳列されている伝運慶作の愛染明王坐像も必見。
これほど美しく迫力のある愛染明王は見たことがないかも。
それも、かなり間近に見ることができるのです。
これほど間近に見れるように展示されていることも美術館では珍しいでしょう。

そんなわけで、小規模な展覧会ながら、かなり充実していましたが、会場が暗すぎるのが難点でした。
作品の劣化や褪色を恐れての処置だとは思いますが、せっかくの名品の展示なのだから、LEDにすれば劣化は防げるので、(サントリー美術館や東博のように)もう少し明るく見やすくしてくれたらなーというのが切なる願いです。

「印象派を超えて 点描の画家たち」展

もう2週間前のことになるけれど、国立新美術館で開催されていた「印象派を超えて 点描の画家たち」展(クレラー=ミュラー美術館蔵作品を中心に)に行ってきた。



「ゴッホ、スーラからモンドリアンまで」というサブタイトルが示すように、分割主義という科学的・理知的な点描画法を開拓したスーラや、それをさらに発展させ理論的に体系づけたシニャック、そして彼らの点描画法を感覚的に取り入れたゴッホの作品が豊富に体系づけられていて、それなりに面白い展覧会だった。

画家たちが色彩分割(筆触分割)によって「見ることの主観性」を追求した結果、最終的にたどり着いたのが、あらゆる無駄をそぎ落としたモンドリアンの《コンポジション》。

赤と青と黄色と黒と白で構成されるモンドリアンのコンポジションはいくつかのヴァージョンがあるけれど、今回展示されていた《赤と黄と青のあるコンポジション》は、「less is more(簡素であることが豊かである)」を体現した究極の絵画だと思う。

モンドリアン《赤と黄と青のあるコンポジション》1927年

画面は大きさの違う四角で構成され、四角の中の色彩のほとんどが白で、赤が10分の1程度、青はアクセント程度で、黄色はあるかないか分からないほどほんの少し。
でも、この色彩の分量と配置が絶妙なのだ。
黒いラインの太さまで、緻密に計算されている。

赤が欠けても、青が欠けても、この絵は成り立たない。
一見、存在感が薄いように見える黄色でさえも欠けてしまうと、この精妙なバランスが崩れてしまう。
この神業的なセンスと構成力は感動的だった。

モンドリアンの展示室では、モンドリアンの作品とは到底思えないほど没個性的かつ凡庸な初期の風景画も展示されていて、彼がさまざまな紆余曲折・試行錯誤を経て、かつて描かれたことのなかったミニマリズムの極致ともいえる絵画にたどりついたことがよく分かるようになっていた。
人生はこうでありたい。


スーラやシニャック、ゴッホの作品など、見ていて勉強になったけれど、個人的に好きなのはオランダの象徴主義の画家ヤン・トーロップ(《オルガンの音色》など)とヨハン・トルン・プリッカー

ヤン・トーロップは筆触の粗い作風のものもあるので、今回の展覧会では分割主義の画家として展示されていたけれど、作品から醸し出される情緒は象徴主義以外の何ものでもない。
静謐で神秘的で、どこか妖しい怖さのある絵が多かった。

プリッカーの絵はステンドグラスを思わせる神聖な宗教画。

この2人の画家の作品が一番気に入ったので、ポストカードを買おうとすると、ないのですね。
いつものことだけれど、私が気に入ったマイナーな画家の作品はポストカードになっていないことが多いのです。 

またどこかで会いましょう。ヤン・トーロップとヨハン・トルン・プリッカー。