9月の第1土曜日、六本木ヒルズの森アーツセンターギャラリーで
開催されている『大英博物館・古代エジプト展』に行ってきた。
上野の『ツタンカーメン』展の陰に隠れて、いまいちマイナーだけれど、
ミイラ数体に人形棺、スカラベや心臓形護符、ファラオの宝飾品や副葬品、
黄金のミイラマスク、オシリスの神像や書記官の像など、とても見ごたえがあった。
なかでも圧巻は、
『死者の書』が描かれた世界最長のグリーンフィールドパピルス。
37メートルものパピルス(もとは巻き物だった)が一挙に公開されていた。
エジプトの『死者の書』とは、死者が再生・復活を果たし、永遠の生命を得る
ための呪文が描かれた、冥界の旅のガイドブックだ。
グリーンフィールドパピルスでは、「冥界の王オシリスを礼拝する場面」から
始まり、「ミイラとなって墓に運ばれる場面」、「口開けの儀式の場面」へと続く。
口開けの儀式とは、死者が供物を食べたり、冥界での問答に答えたりできるように
手斧でミイラの口を開ける儀式のこと。
さらに、冥界の旅の行く手を遮るワニやヘビを退治した後、冥界の王オシリスが
玉座に坐す、有名な『審判の場面』が描かれる。
ここでは死者の心臓が天秤にかけられる。
天秤の片方には、真理の女神マアトの小像。
サギの頭をしたトト神(書記の神様)が、天秤の傾きを記録し、
山犬の頭をした墓の神アヌビスが目盛りに見入る。
天秤がわずかでも傾けば、死者の神像はアメトド(ワニの頭とワイオンの胴、
カバの下半身をもつ怪物)に食べられ、死者は二度目の死を迎え、
未来永劫、復活への道が閉ざされる。
しかし、『死者の書』には、二度目の死を避けるための呪文もちゃーんと
用意されているのだ。
『死者の書』っておどろおどろしいイメージがあるけれど、実際には、
死んでも大丈夫ですよ、いろんな困難が待ち受けているけれど、
呪文がいろいろあるから、最後にはきっと永遠の命を手にすることができますよ、
という明るくポジティブな手引書なのである。
それに、この審判のなかには「罪の否定告白」というものが含まれていて、
生前に「理由なく怒らなかったか」とか、「決して悲嘆に暮れなかったか」とか、
「人を中傷したことがなかったか」とか、「嘘をつかなかったか」といった42の
罪に対して、すべてを否定しなければいけない。
よほどの聖人君子でも生きていれば、嘘をつくこともあるし、人の悪口を言うことも
あるし、機嫌が悪くてプリプリすることもだろう。
つまり、誰もが何らかの罪を犯しているはずだから、罪を否定することは、
「真実の場で嘘をつかなかったか」という問いに対して嘘をつくことになり、
どのみち罪を犯すことになってしまうのだ。
これが仏教ならば、閻魔さまに見透かされて、舌を抜かれてしまうところだが、
どこまでもシラを切り通すことで、めでたく冥界の王の裁きをクリアできると
思うところが、古代エジプト人の楽天主義なのだろう。
また、古代エジプト人は「イアルの野」という楽園で、農耕生活を営むなど、
現世と変わらない生活を営むことを願ったのも、日本人の極楽観とは
違っていて面白い。
それほど、ナイルの恵みって豊かだったのだろう。
(ただし、王墓の副葬品の中には、死者の労働を肩代わりする「シャブテ」という
彩色された埴輪のような人形もあったので、やはり王侯貴族はあの世でも
労働とは無縁な優雅な暮らしを営むことを願ったのかもしれない。)
それにしても、展示品のほとんどは2000~4000年前につくられた、
木やパピルスなどの紙でできた品々だったが、保存状態がとても良く、
これほど見事な形で残っているのは奇跡のようだった。
エジプト文明崩壊後、ナイル川流域の砂漠化が急速進んだことと、
英国支配下のもと、数多くの遺跡が持ち去られ、
大英博物館で厳重に保管されたことが大きく関係しているのだろう。
こと文化に関しては、欧米による植民地支配がその保存に大いに
貢献したと言わざるを得ない。
英国の支配を受けていなければ、今頃は、偶像崇拝を禁止するイスラム過激派に
こうした遺跡はことごとく破壊されていただろう。
(残念ながら程度の差こそあれ、同じことが日本にもいえる。
明治維新後、日本文化を高く評価したのは、一部の審美眼のある日本人を
のぞいて、欧米の芸術家や美術史家、コレクターたちだったのだから。)
いまこうして、東京で、これほど完璧な状態で目にすることができるのも
そうした歴史の偶然(必然?)や、遺跡の発掘者・解読者・保管管理者など
さまざまな人々の努力のたまものなのだ。
ちなみに、ミイラは包帯に巻かれていたけれど、やはり薄気味悪く、
一瞬意識が遠のきそうになった。
寒々とした冷気が漂っていたような……。
六本木ヒルズでは、「ギザの三大ピラミッドカレー」(2200円也。高っ!)など、いろんなコラボレーションメニューが用意されていた。
ほかにも、「クレオパトラ」や「ファラオ」というネーミングのカクテルや、
ケバブセットなどがあった。
エジプトといえば、クスクス料理しか食べたことないから、
カレーではなく、もっと本場のエジプト料理があればよかったかも。
追記:ミュージアムショップでジュート(黄麻)製バッグが売られていた。
これで夏帯をつくったら、味わいのある面白い帯になりそう。